《第3話》 【学年主任戦】《第3話》 【学年主任戦】友達と二人で悪いことをやった。 なにをやったかは覚えていない。子供のいたずら程度のことだったと思う。 二人とも職員室に呼び出された。 担任が女の先生だったこともあり、叱り役に学年主任が出てきた。 昔のタイプの先生で、なんでも若いころに戦争経験があるそうで、「俺は一度死んでいるから、もう怖いものはない」などと他の先生に話していたという猛者。 そんなタイプのほうが、パッとおこられて、サッと終わる感じがしたので、こちらとしては大歓迎。 職員室の先生のところへいくと、「おまえたち、ここへ座れ」部屋の隅に連れて行かれた。 俺はわざとあぐらをかいて座った。 いっしょにいたやつが「あぐらじゃない。正座だよ」と俺のふとももをたたく。 「ああ、正座か」と座りなおすと先生の顔が目の前にあった。 「おまえ、いい度胸してるな」それは学校の先生がいう言葉か。 「いえ、いい度胸はしていません」ときっぱりと答える。 「おまえの顔と名前をよーく覚えておくからな」それも学校の先生のいう言葉か。 「先生に覚えてもらえるなら、光栄です」どうだ、中学生1年生がいう言葉か。 「歯をくいしばれ!」「ハイ」 横っ面をパーンとひっぱたかれた。 悪いことをすれば、しかられるのは当たり前。 これで一件落着と構えていた。 これで、もう帰れるなと考えていた。 だが、相手のほうが1枚上手だった。 「反省したか」と聞くので 「はい、反省しました」と元気よく答えてしまった。これがまずかった。 「どうも、まだ反省したりないようだな。反省できるまでここに座っていろ」と先生は職員室から出ていってしまった。 その中学校はめずらしいことに、床がコンクリートのたたきになっていた。 反省するときがすぐにやってきた。 たたみの上でさえ正座など ほとんどしたことがないのに、コンクリートの床はきつい。 足が痛くて脂汗が出てきた。 「こんなことなら、ぶんなぐられたほうがよかったな」 「おまえが反省しましたなんて、明るく言うからだよ」 若い先生が寄ってきた。 「おまえたち、そこでなにやってんだ?」 なにやってんだって見ればわかるくせに。 「いま、反省してるところです」 「ふーん、そうやってると反省できるのか。変わってるな」 うるさいわい。 もう痛くて人の話もちゃんと聞いていられない。 しばらくして、学年主任がもどってきた。 「どうだ、反省できたか」 「反省しました。もう二度としません。先生、助けてください」 苦痛に耐えられなくなると、人間はなんでも言うことを聞く。 ほとんど拷問である。 悪人に悪用されると、ちょっとめんどうなことになるが、学校の先生なら許されるという最後の時代だった。 3年生になり、最後の体育祭がやってきた。 俺は教室でお勉強しているより、こっちのほうがずっとよかったのだが、入場行進だけはきらいだった。 4列縦隊になり、手並み足並みをそろえてザクザクと歩くことに、極端な違和感をおぼえた。戦争をイメージしたわけではないのだけれど、なぜか、団体で同じ行動をすることに寒気さえ感じていた。 そういえば子供のころ、お遊戯がきらいで、ひとりだけ輪の外に出て、先生から激しくおこられたことがあったっけ。 でも、棒倒しと騎馬戦だけは好きだった。 その年の騎馬戦は、赤組の大将騎のメンバーになった。 上に乗るのは、体が一番軽いやつ。 馬の一番前は、運動神経バツグンのノブオ。 ノブオと作戦を立てた。相手にぶつかるのは右肩からか左肩からかを聞くと、右だという 俺は馬の右後ろになり、相手にぶつかった時、後ろからケリを入れる作戦にでた。 そして、第一戦が始まった。 大将騎の上に乗っている人間の帽子を取ると勝負がきまるルールだったので、後方で待機していた。 敵の軍勢がこちらの大将騎めがけて突進してきた。 作戦どおりケリをいれてやったが、あえなく帽子を取られ負けた。 第2戦。 俺は、大胆な作戦を考えた。 大将騎の帽子を取れば勝なら、大将騎同士の戦いをしようじゃないかということである。 作戦は、大将騎のメンバーだけに伝えられ、合図とともに決行された。 こちらの大将騎は、敵陣の右側、観客席の前を単騎で駆け抜けて敵陣の後ろに出た。 敵の背面では、敵大将騎が前方の戦況をながめている。 そこへ後ろからゆっくりと近づき「おい、後ろを向いて勝負しろ」と声をかけた。 敵大将は、野球部でいっしょだったマサヒコだ。 マサヒコはこちらが大将騎と気付き、「こいつら、大将騎だぞ。やっちまえ」と叫んだ。 守備隊がこっちに当たってきた。 俺は、またケリを入れながら「雑魚はどけ。大将騎に1騎射ちをやらせろ」とどなった。 マサヒコが「みんなどけ。一騎射ちだ」と進んできた。敵陣で大将同士の一騎射ちになった。マサヒコは小柄ながら、体のきれがいい。 かなりねばったのだが、あえなくまた陥落。 騎馬戦は2回戦と決まっていた。 2戦2敗。赤組の完全敗北。 それまで、場内アナウンスは放送部の女子がやっていたはずだが、とつぜん例の学年主任がマイクで叫んだ。 「会場のみなさん、ただいま、大将の1騎射ちという珍しい騎馬戦をごらんいただきました。本来は2回戦で終わりなのですが、特別にもう1回やることにいたします。いかがでしょうか」 会場から拍手が起こった。 もう1戦か。 こんどはどんな手でいくかな。 味方大将騎のメンバーは俺に上に乗ってくれという。 ノブオも乗ってくれといっている。 本当の最後だから乗ることにした。 問題は、作戦だ。 さっきと同じではおもしろくない。 きっと学年主任も違った作戦を望んでいるだろう。 敵は全軍が集まって作戦会議のようだ。 ということは、たぶんさっきの奇襲戦法を警戒しているだろう。 ということは、こっちがさっきのように前に出なければ、敵と当たらないと読んだ。 見方全軍に指示を出す必要もない。 放っておいても味方は敵大将めがけて突進していくだろう。 すぐ前にいた1・2年生6騎だけに、味方大将騎につけと指示をだした。 開始のピストルがなった。 案の定、敵はこちらの奇襲を警戒し、全軍右側に固まり出した。 味方は、そこをめがけて走っていく。 残った味方の下級生は「俺たちはどうすればいいんですか」と聞く。 不安なのか、なにか期待しているのか、落ち着かない。 「いいから、落ち着け。見物してればいい」 ゆっくり答えながら、グランド中央が がらあきなのに気がついた。 あそこへ行こう。 「ゆっくり歩きながら、グランド中央まで行くぞ。ぜったいに走るなよ」と歩き出した。 グランド中央に着き 「星型の陣をとれ」 と言った。 なんでそんなことを言ったのかわからないが、グランド中央で、大将騎を親衛隊が囲み、悠然としているのをやってみたかった。 「星型ってなんですか?」 「いいから、周りを囲んで外を向け」 「それから、どうすればいいんですか」 「あとは動くな、どんなことがあっても動くな」 敵は「大将はどこだ」といいながら、もみくちゃになっている。こちらは、ゆったりと観戦だ。 スピーカーから学年主任の声が聞こえてくる。 「皆さん、ご覧ください。赤組大将はグランド中央で悠然と構えています。白組大将は まだ気づかないようです。教師生活40年になりますが、このような騎馬戦を見たことがありません。みなさんもとくとご覧ください」 俺はその学年主任の方に振り返り、Vサインを送った。 かっこつけすぎかなと思ったが、1年生のとき、俺をひっぱたいた先生と“気持ちの会話”がしたかったような気がする。 先生が答えた。 「おー、何でしょう、あれは。Vサインです。勝利のVサインを送っているようです」 だが、その先生の声で敵大将がこちらに気づいてしまう。 残った小兵と共にこちらに近づいてくる。 親衛隊がざわめきだした。 「敵が来ます。どうすればいいんですか」 「いいから、なにもするな。前を見て動くな」 下で「大将騎もか?」と聞く。 「そうだ、動くな。ぎりぎりまで動くな」 敵大将のマサヒコが近づいてきた。 「ユウジ、ここにいたのか。きたねぇぞ」 「なにがきたねぇんだよ。また、1騎射ちやるか?」 マサヒコが「よし、やろう。みんな下がれ!」と小兵をどかす。 俺は「道をあけろ」と親衛隊をよけさせる。 俺はマサヒコに騎上で握手をもとめた。 マサヒコは受けてくれた。 後ろで学年主任が 「なんと、大将騎同士で握手しています。前代未聞のことです。どうやら、お互いの健闘をたたえあっているようです」 と叫んでいる。 マサヒコが「で?どうする?」と聞く。 俺は「やろうぜ」と答える。 1騎射ちが始まった。 マサヒコに体ごと乗り込まれ、俺はのけぞるようにして、帽子を取られた。 3戦3敗。 悲惨な結果だが、充実感のある騎馬戦だった。 学年主任が言った「おまえの顔と名前は覚えておくからな」という言葉はほんとうだったような気がする。 教科書には書いてないこと、遊びを通じて学ぶことの大事さを実感していた。
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